🚂 八王子「湯の花トンネル」で起きた最大規模の列車空襲 80年を経て犠牲者が判明「父はきっと空から見ている」88歳の娘が現場で花を手向ける
- ジョウコクちゃん

- 2 時間前
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2025年2月20日 TBS放送 TBS NEWS DIG
「戦後80年 つなぐ、つながる」で八王子「湯の花トンネル」で起きた
最大規模の列車空襲が取り上げられました。
東京・八王子で起きた、列車を狙った最大規模の空襲。
「そこで亡くなったのは、自分の父ではないか」。
80年ぶりに名乗り出た女性がいます。
「懐かしいなあ本当に、感無量だよね」。
松本三津子さん(88)と妹の裕子さん(81)。かつて家族で
暮らしていた、東京・北区の実家の跡地を訪れました。
戦争で亡くなった父・米蔵さんとの思い出の地。しかし、
父の写真は、1枚も残っていません。
松本三津子さん(88)
「死に顔も何も見てないですから」
「(Q.どんなお父さんでしたか)優しい。8歳まで一回も
怒られたことないんですから」
なぜ、父は亡くなったのか。
17年前に亡くなった母・ぎんさんからは、「父は列車の空襲で
亡くなった」と聞かされていましたが、三津子さんは、
詳しいことを知りたいと願い続けていました。
今も中央線の電車が行き交う、東京・八王子市の
「湯の花(いのはな)トンネル」。
ここで、三津子さんも知らなかった恐ろしい出来事が
あったのは、1945年8月5日のことでした。
アメリカ軍の戦闘機が、トンネルに差し掛かった新宿発
長野行きの中央本線を機銃掃射。
52人が死亡するという、列車を狙ったものとしては
最大規模の空襲でした。
当時、その電車に乗っていた人は…
石井竹雄さん(2014年取材)
「この世に地獄があるとしたら、こういうことが地獄かなと」
「満員列車で、人が重なり合って、うめき声ですよね」
足がちぎれた人、あごが吹き飛ばされた子ども…現場は
凄惨を極めました。
先月27日、現場に建つ慰霊碑に、最近明らかになった犠牲者の
名が刻まれました。当時の混乱で、いまも身元の分からない
死者がいるのです。
このニュースを、美津子さんは見ていました。
松本三津子さん(88)
「これってもしかして父のことじゃないかなと思って・・・」
急いで、父の戸籍を確認する書類を取り寄せました。
そこに書かれていたのは…
「昭和20年8月5日午後0時25分 南多摩郡浅川町上永房800番地先に
おいて空襲により死亡」
湯の花トンネルの空襲と、ぴたりと一致。80年たってようやく、
父・米蔵さんの最後の状況が分かったのです。
「80年って長い長い旅路です。やっと辿りついた」
そして今週、2人は初めて父が犠牲になった現場を訪れ、
手を合わせました。
終戦から80年。ようやく、父の痕跡に辿り着くことができました。
「まさかこういう日が来るとは思っていなかったですから」
「(父は)きっと上から見てますよ。よく来てくれたって言ってると思います」
















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